突然ですが、あなたはもしもの時「臓器提供をするかどうか」なんて
考えたことありますか?
この場合も、「意思表示」しておくことが家族や家族代わりの人々の
心の負担を軽くすることができます。
最終判断を求められたとき、本人の意思を確認できていれば、
思い悩まずに決断することができます。
突然の病気や事故で意識が戻らないような状況の時に、
急な判断を求められることがあります。
臓器提供だけではなく、延命措置の判断など
自分にも経験があります。亡き父が入院時、様態が悪化して病院に向かっている
車の運転中に、病院から電話があり判断を求められました。
「延命措置をしますか?」即答してくれと。
車を道路端に止めて一息して考え、
「延命措置はしなくていいです」と答えた記憶があります。
母にも相談せずに。(でも、母はどう考えるかは考えました。)
長男としての責任の重大さは、ズシリと感じました。
母に連絡が取れずに、私に電話があったんだと思います。
特に父の意思を確認していたわけではありませんが、
入院してからのちょっとした会話や、
父が、痛みに苦しんでいる様子など、
自分なりに感じていたことから、判断したような
記憶があります。
判断基準がなければ
判断基準がなければ
本人はどう思っているのだろうか?
自分が勝手に判断していいのか?
後々後悔することになるのではないか?
周りの人の色々な考えが出てきて迷う等
決断を求められる立場としては、
思い悩むことになるのではないでしょうか。
それぞれの性格や相手との関係性など
色々な難しい状況はあると思いますが、
いつかは、その判断を求められる時が、
くるかもしれません。
逆の立場になることも
あなたのために、身近な人が判断を求められることも。
その時のためにも、「意思表示」の必要性が
より理解できるのではないでしょうか。
特に、おひとり様にとっては、
誰に「意思表示」をしておくのか
いろいろなことに対して「意思表示」の必要性があります。
現実味を感じない時こそ、落ち着いて考えられます。
「意思表示」の意味、
そして、だれに託すのか、考えてみませんか?